取材・文:松井友里、写真:タケシタトモヒロ、編集:野村由芽
ファッションを通じて、多様な性や愛の形に触れ、考えるきっかけを生み出そうとしているTXAでは、さまざまなクリエイターとのコラボレーションを行っています。個性豊かなクリエイターたちが、それぞれに「性愛」を出発点にイメージを膨らませた作品は、どのような場所で生み出されているのでしょうか?
今回は、切り絵によって抒情的な光景を生み出す坂内拓さんのアトリエを、鮮やかな色彩でほがらかなキャラクターを描くmaitopartaさんが訪問。制作環境や手法、TXAとのコラボレーションについて、お二人にお話を伺いました。
都心から少し離れ、窓の外の開けた空間も心地よい坂内さんのアトリエで行われたインタビューでは、作風や制作スタイルは異なりながらも、お互いへの深いリスペクトが伝わってきました。
あまり色を使わない坂内さん。色だらけのmaitopartaさん。真逆のアトリエ選び
普段同業の方の制作環境をご覧になることはありますか。
maitoparta:ないです。貴重な機会で嬉しいです。
坂内:僕もあんまりないですね。アトリエにもっと自分の趣味が出ている人もいると思うんですけど、僕はそんなに「らしさ」がないかも。
maitoparta:お家はまた違う感じですか?
坂内:もっと汚いです(笑)。
アトリエの空間はどんなところにこだわっていますか?
坂内:あまり色を使わないようにしようとはしていますね。その方が作品に影響しないかなと、漠然と。
maitoparta:私は逆に色だらけです……(笑)。どこかの博物館のお土産とか、置物とか、変な雑貨が置いてあって、そういうものに囲まれていると楽しいし、時々目が合ったりしながら作業をするという真逆の感じです。
この場所にした決め手はなんでしたか?
坂内:家から近かったのが大きいですね。もう少し都心の方でも探したんですけど、この広さを求めると同じ値段では借りられなくて。
maitopartaさんはご自宅兼アトリエのほかに、もう一つ別の拠点もあるそうですね。
maitoparta:長野の友達の家が工房のような場所で、そこに滞在しながら作品をつくることがあります。シルクスクリーンや木をカットする作業、大きい絵を描くのはそっちでやるんです。大きい作品もそこに置かせてもらっています。
午前から作業するか、夜型か。1日の制作スケジュール
お二人は日々どんなスケジュールで制作されていますか?
坂内:午前中からやることもありますし、昼以降は大体作業していますね。6時か7時ぐらいには終わらせて帰ります。
ご自宅には持ち帰らないですか?
坂内:基本的には持っていかないですね。昔は作業場所も自宅だったので、際限なくやれていたんですけど。
自宅だと切り替えが難しかったりしますよね。
坂内:作業が進まないのに、無駄に机の前に座っていたりしていましたね。
じゃあいまの方が捗りますか?
坂内:いや、でもそんなに変わらないかもしれないですね(笑)。とにかく家に帰ったら切り絵はできないので、オンオフの切り替えは割としやすいかもしれないです。
maitopartaさんは生活の場とアトリエが一緒ということですが、オンオフの切り替えはどうですか?
maitoparta:できません(笑)。
坂内:その方が楽なときもあるんですけどね。移動が面倒といえば面倒だし。午前中からやるんですか?
maitoparta:私は午前中が苦手で、夜の方が活発なんです。
坂内:じゃあ、ほぼ夜に描いて、昼は睡眠?
maitoparta:睡眠時間、長いですね。寝るの好きです……(笑)。今日は朝起きましたけど、いつもは4時とかに寝ます。
制作時間は毎日どれぐらいとっていますか?
maitoparta:毎日やるわけでもないですし、ばらばらです。「絶対にこの時間はやる」というのも決めてなくて、やれるときにやろうという感じです。
アイデア描きと清書を切り分けない。小さなサイズでたくさん描くmaitopartaさんの絵
それぞれの制作手法についてもお聞きしたいです。今日maitopartaさんには、作品を描いたスケッチブックや描くための道具を持ってきていただきました。
maitoparta:(スケッチブックを開く)これです。アイデア描きの中に清書がいて、この中に今回の(TXAとのコラボ作品)もいます。
原画はすごく小さいんですね。
maitoparta:だんだん小さくなっていって……(笑)。最近は細いペンで描くことが多いからだと思います。その方が描きやすくて。
どんなペンを使っているんですか?
maitoparta:パイロットのジュースアップというペンです。線が太くなったり細くなったりしなくて、いい感じに描けるから最近はまってます。あとはダーマトグラフも使います。
1枚の紙の中にたくさん描かれていますが、描いていくなかで最終形を見つけていくような感じなんでしょうか?
maitoparta:そうですね。最初から「こう描こう」とは決めていなくて、色々描いてみるうちに「おへそがお花になってたらどうかな」とか「上に帽子が乗ってたら面白いな」とか「裏から描くとこんな形に見えるんだ」とか、自分が思ってもないようなものに偶然なっていく方が面白いと思っています。
綺麗にしすぎてしまうと面白くない。ごく普通の道具で、「意外とざくざく」つくっている坂内さんの切り絵
坂内さんのアトリエにはパソコンが置かれているエリアと、切り絵のためのエリアがありますね。
坂内:デジタルでラフをつくって、それを切り絵で起こしていく感じです。クライアントによってはデジタルでそのまま完成させることもあります。
maitoparta:(切り絵作品を見て)かわいい。
切り絵はかなり繊細な作業ですよね?
坂内:でも、意外とざくざく大ざっぱにやってるんです。貼ってから間違えたらカッターで削ったり、ちょうどいい色がなければ紙の上から色鉛筆で塗ったり。あとは、切り貼りしたものが周りの色と溶け込みすぎてしまうところにはカッターで跡をつけて、ちょっと手癖を強くしたりもします。
maitoparta:切り込みを入れてるんですね。線で描いてるのかなと思いました。
坂内:ペンや鉛筆で描くと線が濃くなりすぎて目立ってしまうときは、カッターで切れ目を入れていて。カッターで引いた線の方が説明的になりすぎないから、見る人によって想像を膨らませてもらえるのかなと。
あえてラフさや揺らぎのようなものをつくろうとされているように感じるのですが、それはどうしてですか?
坂内:綺麗にしすぎてしまうと、自分としては面白くない仕上がりになるんです。カッターだとあまりコントロールが効かないので、細かくできないんですけど、切り絵は整えすぎない方がいいので、それがかえっていいのかなと思っています。
切り絵用に色々な道具が並んでいますが、道具のこだわりはありますか?
坂内:カッターも糊もごく普通のものです。紙は色々試してみたんですけど、タント紙やトレペ(トレーシングペーパー)を使うことが多いですね。ある程度表情がありつつ、テクスチャーが強すぎない紙の方がいいです。ちょうどいい色の紙がないと、プリンターで印刷することもあります。
坂内さんの作品は空間を広々と取られているのが印象的です。
坂内:大きい色面が好きだというのがベースにありますね。マーク・ロスコとか好きなんです。一番影響を受けているのは、アレックス・カッツの初期の作品ですね。アレックス・カッツの絵を現代的に描いてみたいと思ったのが原点です。
「ぱっとできたときの方がいいものになる」「描いていくうちにだんだん良くなっていく」
maitopartaさんは影響を受けたアーティストはいますか?
maitoparta:うーん……いまぱっと思いつかないのですが、多分いるんだろうなあ……。子どもの頃から絵を描くのは好きでした。一人っ子だからかもしれないけど、絵を描いて遊んでたんです。
それが続いてきたんですね。
maitoparta:そうですね。でも大学はプロダクトデザイン専攻で。なんとなく工芸的なことができるのかなと思って入ったら違いました(笑)。
もうちょっと手を動かしてものづくりをするイメージだったんですね。
maitoparta:それで困ったなと思って、陶芸部に入りました。陶芸のときも、先にスケッチを描いてからつくるんです。いろんなものをつくりたいので、ものづくりはなんでも面白いんですけど、一番自由に表現しやすいのが絵なのかなと思います。
maitopartaさんは、坂内さんの作品に触発されて、昨日切り絵をされてみたそうですね。
坂内:まじっすか。
maitoparta:持ってきてはいないんですけど……。ちっちゃい木枠に切った絵を貼りました。面白かったです。
坂内:見たかった。
maitopartaさんは、先ほど最初から「こう描こう」とは決めていないというお話をされていましたが、坂内さんはいかがですか?
坂内:思い浮かんでその通りにぱっととできちゃうときもあるし、足したり引いたりしていくうちに形になる場合もあって。でも大体ぱっとできたときの方が、いいものになりますね。ずっと手を動かしていると僕は整えすぎてしまう傾向があるので、結果的に最初に書いたラフが一番よかったりします。
maitoparta:私の場合は、描いているうちにだんだんよくなっていく印象があります。最初のうちは捉えきれていなくて、モチーフをただ描いただけのようになっちゃうんですけど、描いていくうちに、自分のものになっていきます。手を動かさないとあんまり発展しないし、面白くならないかもしれないです。
坂内:だんだん自分らしくデフォルメができるんだ。
maitoparta:元々物事を「こういうもの」って決めつけたくないところがあって。なんでもありだなと思うんです。だからたくさん描くのも、「こうだ」って決められないからというところはあります。
maitopartaさんが描くモチーフは人じゃないものも多いし、本来生き物じゃないものに表情がついていたりしますよね。それには何か理由がありますか?
maitoparta:なんだろう。人か人じゃないかの意識があまりないのかも。……生きてるのが楽しいなっていう気持ちはあります。maitopartaって、フィンランド語で「牛乳ひげ」っていう意味なんです。牛乳ひげを見たときみたいに、作品を見る人たちが、楽しくなったり、ちょっと笑っちゃったりしたらいいなと思っています。
自身の作風の延長線上で。「性愛」というお題を自分らしく/ポジティブに捉えて作品に
性愛をテーマにした、TXAとのコラボレーションについてはいかがでしたか?
坂内:お題としては難しかったです。あまり寄せすぎても、自分のテイストからずれてしまうし。そういう意味で、unpisさんやmaitopartaさんの作風は、お題に近づくこともできるし、離れることもできると感じるので、憧れます。最初は、服を着てなかったり、もうちょっと性別がわかりやすかったり、もっとわかりやすく性愛を表現したものも考えたんです。
そうだったんですね。
坂内:Tシャツは割とそういう感じが残っているんですけどね。最終的に、自分らしいテイストでテーマを感じとれればいいのかなと考えました。性愛にあんまり注目しすぎずに、フラットで自然に捉えられるような、当たり前の感じに着地できたらいいなと。「自分と相手」という2人の関係性を描くことで、テーマを表現できたらと思いました。
デジタルで完成させることもあるというお話でしたが、今回は切り絵でつくられたんですね。
坂内:人が関わってくるテーマだったので、手で作業した跡があった方がいいかなと。デジタルだと線も揺らがないし、見え方がもうちょっと淡白になってしまうんです。
Tシャツとシャツに入っている「IT’S ALL AROUND YOU.」というメッセージは坂内さんが考えられたんですか?
坂内:そうですね、何か文字を入れたくて。最終的には、性愛が普通にそこに存在するものになったらベストだなと思って、「そのままでいい」みたいな意味を込めました。maitopartaさんもロンTに文字が入ってるけど、それは自分で考えた言葉?
maitoparta:はい。テーマについて色々考えてたら、愛そのものが愛おしいなと思って、「LOVELY LOVE」。
maitopartaさんはどんな思いを持って取り組みましたか?
maitoparta:TXAさんと話していて、「性愛」というものにすごくポジティブなイメージを持ちました。人から決めつけられて嫌な思いをしたり、生きづらくなる人がいたりするのはいやなので、いろんな人がいることをみんながもっと知って、あたたかくなるといいなと思うんです。
それで「ハッピーな性愛」をテーマにされたんですね。
maitoparta:何かがくっついている様子にすごく愛を感じるので、今回どれも二つのものがくっついているところを描いたんです。最初は人と人がくっついてるのを描いたりもしたんですけど、もっとまっすぐ表現したら面白いかなと思って、ロンTにはセイシちゃんとランシちゃんを描きました。
あまりイラスト化されることのないモチーフですよね。
maitoparta:私も初めて描きました。生命の誕生って前向きなものだと思うんです。精子と卵子の絵ですけど、別に「男女」というつもりでもなくて、いろんな存在を受け入れられたらいいなという思いを込めました。
ニットは火がモチーフになっていますね。
maitoparta:ニットをつくることが決まって、合うなと思ったのが火でした。好き同士が同じものを好きになったり、同化していったりするような感じが面白いなと思って、元は別々の火と火がくっついて、一つの大きな火になるところを描きました。
お互いの作品についてはいかがですか?
坂内:めっちゃいいなと思います。テーマをちゃんと表現しながら、maitopartaさんの個性がしっかり感じられるのが素敵だなと思いました。
そしてとにかくかわいいし……!
maitoparta:嬉しい。坂内さんがテーマを自分らしく表現されたというお話を聞いて、大正解だなと思いました。坂内さんの作風でこのテーマをどんなふうに落とし込むかは、すごく難しいんだろうなと思います。
坂内:でも、普段あまりできないことだったから、楽しかったです。なかなかここまで自由にアパレルに落とし込んでもらうことはそうそうないし、自分ではできないデザインの処理もしてもらえて。
maitoparta:そういうのって嬉しいですよね。つくれるもののバリエーションも色々あって贅沢だなと思いました。