取材・文:松井友里、写真:草野庸子、編集:野村由芽
この記事・写真は2023年8月にme and you little magazineにて掲載されました。許諾を得て転載しています。
ファッションやアートを通じて、多様な性愛の形を表現する「TXA-TENGA by Artist-」は、“性を表通り”にというTENGAのコンセプトをプレジャーアイテムではない形で発信していく取り組みです。今回は、TXAがこれまでにコラボレーションを行った13組のなかから、イラストレーターのunpisさん、映像作家として活動する最後の手段の有坂亜由夢さんとコハタレンさん、イラストレーターの三好愛さんの鼎談を実施。
異なる作家性を持つ三者はそれぞれに「性愛」というテーマをどのようにとらえ、表現したのでしょうか。コラボレーションアイテムの制作にあたって考えたことと共に、制作や日々の暮らしのなかでそれぞれが感じている、性愛にまつわる疑問や課題についても自由にお話しいただきました。お話を伺うなかで、3組のみなさんの制作の着想の得方や、表現において大事にしていることが、浮かびあがりました。
性愛をテーマにどう描く?「身体的な変化の滑稽さ、かわいさの部分をとらえる」
(三好愛)
まずは皆さんがTXAとのコラボレーションにおいて、「性愛」というテーマをどのように作品に落とし込んでいったかをお聞きできればと思います。三好さんから伺えますか?
三好:性愛って公にはしないことというイメージがありますよね。でも少し考えてみると、「棒を穴に入れる」とか「触ったら膨らむ」とか「興奮すると液体が出てくる」みたいな身体的な変化って、滑稽だったりかわいかったりする部分もあると思って。今回のイラストでは性愛の形をそう捉えてみることで、また別の角度から語り合えるのではないかと考えながらつくりました。
三好愛さん
パーカーのプリントは、1人でいる人と、2人でいる人の2パターンありますね。「性愛=2人で行うもの」というイメージは根強いと思うのですが、1人の方も充足した雰囲気で描かれているのが印象的でした。
三好:性愛って必ずしも相手がいなければ成り立たないものではないと思うんです。「1人でも楽しいよ」という気づきを込めたイラストになりました。
モビールもつくられていますが、こうしたコラボレーションでモビールというのは結構珍しいセレクトですね。
三好:Tシャツとパーカー以外にも何かつくりましょうというお話をしたときに、 TENGAさんの方からご提案いただいてモビールになったんです。私の絵のゆるゆるしたラインを再現してつくってもらいました。
今﨑(TXA/TENGA):TXAでは決まったアイテムの型だけではなく、その作家さんならではのアイテムをつくっていけるといいなと思っていて。紙の質感を活かした軽やかなモビールが、三好さんのイラストの雰囲気にぴったりだなと思って制作を決めました。ひとつずつ手作りしてくださっているんですよ。
左から、三好愛 半袖Tシャツ ホワイト(4,730円)、三好愛 プルオーバーパーカー グレー(6,600円)、三好愛 プルオーバーパーカー ブラック(6,600円)、三好愛 ハンドメイドモビール(3,900円)
性愛をテーマにどう描く?「できるだけ湿っぽくしないで、ドライでフラットに描く」
(unpis)
unpisさんは今回「誠実な性愛のイメージ」で描かれたそうですが、「誠実」という言葉と性愛は一見結びつきづらい印象もあるように思います。なぜそのように描こうと思ったのでしょうか?
unpis:TXAのコンセプトや、TENGAさんが妊活の領域にも真剣に取り組まれていることを聞いて、TENGAさんの性愛に対する姿勢がすごく誠実だと感じて。そういうイメージで性愛を描きたいなと思ったんです。いわゆるTENGAのプロダクトのモチーフを使っていますけど、「性を表通りに」というコンセプトがあったので、普段も着られるようなものにできたらいいなと思いました。
unpisさんがTENGAをモチーフにイラストを手がけた半袖Tシャツを囲みながら
「抱き合う」というモチーフにされたのはどうしてですか?
unpis:「双方向の愛情」のようなものを表現するうえで、モチーフとしてわかりやすいですし、手や足が絡み合っていると、描いたときにビジュアル的に面白くなるかなと思ったんです。
今回、ご自身のなかで特に工夫した部分はどこですか?
unpis:できるだけ湿っぽくしないで、ドライでフラットに描こうというのは今回すごく意識していました。普段から自分の描くイラストからはなるべく個人的な感情や湿っぽさをなくしたくて。人間を描くときも、物と同じような感覚で描いているんです。まず第一にビジュアルとしての面白さがある絵になったらいいなあという意識があります。
左から、unpis 半袖Tシャツ ホワイト(4,730円)、unpis 半袖Tシャツ ダークネイビー(4,730円)、unpis 長袖Tシャツホワイト(5,280円)、unpis ダイカットクッション(4,180円)
性愛をどう描く?「『宇宙人と性愛』というイメージが思い浮かんだ」
(最後の手段)
最後の手段さんは、コハタさんの子どもの頃の体験が作品のベースになっているそうですね。
コハタ:子どもの頃にこたつでうとうとしていたら、いわゆる幽体離脱のような状態になって、宇宙人に誘われて宇宙に行って戻ってくるという体験をしたんです。今回、TENGAさんからサンプルをいろいろいただいたんですけど、TENGA GEOというシリーズが宇宙人の卵みたいに見えるなと思って。それで「宇宙人と性愛」というイメージが思い浮かびました。星って見えないけどたくさんあるから、星と星の間での性愛も、僕らが知らないだけで、いくらでもあるような気がするんです。
有坂:宇宙のどこかには直接対面しないような形の性愛が存在する次元もありうると思うんですよね。
左から有坂亜由夢さん・コハタレンさん(最後の手段)
今回そうしたイメージをもとに映像もつくられていますね。当初は映像をつくる予定はなかったと伺いました。
コハタ:目が見えないけれど、見えないはずのたくさんの小さなスクリーンを通して世の中のいろいろなものを見ているというお婆さんの話を以前に読んだことがあって。それって自分が子どもの頃にこたつのなかで宇宙旅行をしたときに見た光景と同じだ! と思って、映像にしようと思ったんです。
有坂:私たちは映像作家なので、グラフィックのグッズだけだと表現しきれないところがあって。シンプルにまとめることを得意としているわけでもないですし。映像があることで作品をより多角的に深く見られると面白くなるかなと。
映像の後半の宇宙に行ってからのパートは彼(コハタさん)がつくっているんですけど、最初はその部分だけだったから、さすがにちょっと伝わらないんじゃないかなと思って、井戸を覗くとファンタジー世界に入るという昔話のような導入部分を私がつくりました。
TXAと最後の手段のコラボレーションに際して制作された映像
子どもの頃に見たビジョン、生活のなかの気づきを単語化すること、写真に撮ること。三者三様の制作のインスピレーション
最後の手段さんは今回の場合、コハタさんが子どもの頃に見たビジョンが制作のもとになったそうですが、unpisさんと三好さんはいつもどんなところから制作の発想を得ることが多いですか。
三好:私は単語をモチーフにすることが多くて。生活のなかの気づきを動詞や形容詞に置き換えたものをメモしておいて、その言葉を絵に翻訳するような感覚で描いています。例えば、友達のファーのポシェットが椅子においてあってそれがなんだか動物みたいに見えたときは「うずくまる」とか、あの人のことなんとなく苦手だな〜なんとなくだけど……と自分の気持ちが気になったときは「うとましい」とか……。小学生の頃、「傍線部の主人公の気持ちを五文字の言葉に置き換えよ」という国語の読解問題がすごく好きで、それをいまもやっている感じです。
その手法はどうやって見つけたんですか?
三好:大学に入ってから、ずっとつくり続けていくことを決めたときに、制作のモチーフって自分から無限に出てくるものじゃないと、一生つくり続けられないと思って。自分にとって扱いやすいのが言葉でした。ものすごく忙しくて疲れていて、つくりたくないなと思うときでも、言葉がモチーフだったら制作に向き合うことができるんです。普段何気なく使っている言葉もいろいろな意味合いを含んでいたりしますし、作品を通して、感じたり考えたりすることの幅を広げられたらと思っています。
三好愛さんは、イラストを主軸に活動しながら文章も発表。日常のなかで、なめらかには進めなかったけど、とんでもないでこぼこでもなかったエピソードを言葉と絵で綴る『ざらざらをさわる 』(著者:三好愛、発行:晶文社/2020年)
unpis:三好さんは「言葉」とおっしゃっていましたけど、私は普段生活しているなかで気になったものを写真に撮りためておいて、それを後から見返して制作のヒントにすることが多いです。例えば、建築現場を囲うために半透明の布がかかっている様子や、それが風になびいているところがすごく好きで。建築現場とわかってしまえば特に面白くないんだけど、意味を取り払って見たときの面白さを見つけるのが好きなんです。普段見ている景色でも、別の視点で眺めてみると日常を楽しく過ごせるような気がします。
そうしてアンテナに引っかかったものを、unpisさんのフィルターを通して描いているんですね。
unpis:気になったモチーフを、さらに何か別のものに見立てることも結構あります。例えば建築現場の布が海みたいに見えると感じたら、建物に海のテクスチャを付けて描いてみたり。さらにその様子を人物に置き換えたり。感情的な要素を加えて、意味を持たせることが多いです。
段差で曲がる影から着想して描いた絵(写真と絵はともにunpisさんによるもの)
絵に描いた人物の性別を作者が決めること、髪を長く描くことで女性を表すこと……。性愛にまつわる表現の悩み
今回、制作を通して「性愛」というテーマにそれぞれの視点で向き合われたと思うのですが、日常生活や日頃制作を行うなかで、「性愛」にまつわる抑圧や、疑問を感じることはありますか。
三好:最近はまた事情が違うかもしれないですけど、私が子どもの頃の性教育って、足りない部分があったと感じていて。受精の仕組みだけは念入りに教えてくれるのに、実際にどうやって精子が卵子の近くに行くのかは、しばらくわからないままだったんです。わからない間に、精子と卵子がくっつくための行為に対して、タブー視する感覚が自分のなかで育ってしまって。受精の仕組みと一緒に、性行為についてもフラットに教えればいいのにと思います。
「フラットである」という感覚は、三好さんの絵のタッチとも通じ合う部分があるようにも感じます。
三好:人間ではないような生き物を描いたり、性別がわからないように描いたりしているのは、そこを定めてしまうとちょっとだけ後ろ暗い気持ちになるからなんです。絵のなかでそれをどちらかに決める権利が私にあるのだろうか? って。何かを定めずに、自由に行き来できるような表現が自分にはしっくりきます。
三好さんは和紙にアクリル絵の具を使って描かれているそうですが、その手法も「定めたくない」感覚から見つけたものでしょうか?
三好:和紙ってすごくにじむので、キワがしっかり決まらないんですよね。水分を含んで絵の具をのせると、どこまでもにじんで、境界が曖昧になっていくんです。ふわふわした感じで描けるのが、表現したいものと合っているように思っています。
unpisさんはいかがでしょう?
unpis:今回の作品でも悩んだんですけど、ぱっと見たときのわかりやすさや、キャッチーさを優先して、髪を長く描くことで女性をアイコンとして表したり、性愛をモチーフとして描くときに男女を描いたりすることが、必ずしも正解ではないと感じていて。一方で、お仕事のときにクライアントからの要望で、女性を描くときにピンクを使わないでほしいという要望があったりもするんです。
三好:うん、ありますね。
unpis:そういう選択をするのもわかるけど、いわゆる「女性らしい」と言われてきた色を避けるばかりというのも違うような気はしていて。でも、何色を使うにしても意味を持ってしまうから、表現するなかで難しいなあと感じています。
有坂:お二方の話を聞いていて、私も多分表現するときに性別を曖昧にしたいから、人間じゃないものをつくったり描いたりしているんだと気づきました。
曖昧にしたいと思うのはどうしてですか?
有坂:決めてしまわないほうが、見ている人にとって自分を投影できると思うし、性別で線を引かずにあくまで個人として描きたいんです。
左から、最後の手段 半袖Tシャツ ホワイト(4,730円)、最後の手段 長袖Tシャツ ホワイト(5,280円)、最後の手段 ジャカードソックス ライトグレー×ブラック(1,870円)
コハタ:……僕はいまお話を聞きながら、ふと、とんぼが交尾している様子を思い浮かべていたんです(笑)。虫の交尾って、人間みたいな生々しさがないじゃないですか。「国破れて山河あり」という言葉がありますけど、性にかんするいろいろな価値観がぶつかりあったりしているいまの状態も、いつかもしかしたら虫みたいに性を特別なこととして扱わなくなるようなこともあるんじゃないかなって。例えば古代には夜這いが当たり前に行われていたりしましたよね。それが現代の価値観に照らし合わせて良い悪いということではなく、価値観は時代によって変わると知っていると少し楽になる気がしています。
お話を伺っていて、宇宙と地球、昔といま、人間と虫……などの時代や生物の分類の境界にとらわれず、いろいろなことを等価にとらえていると感じたのですが、それはどうしてですか?
コハタ:制作していくうえで、作品を面白くするためにいろんな視点を持つことを意識的にやっている部分もありますし、そのほうが生きやすいんです。散歩をしていて虫と出会うと、僕らが感じているいまの時代の潮流とはまったく関係のない世界で生きている存在がめちゃくちゃ身近にいるんだなと思うし。いまの世の中にはたくさんの問題があって、それぞれに向き合うことが重要だという前提のうえで、違う次元から見てみたらまた別の角度から考えられることもあるのではないかという可能性を考えたりもしています。
有坂:ミクロとマクロを行き来するような手法は、映像にもよく取り入れていますね。
「ミクロとマクロを行き来しながら、お互いにちょうどいいところを探っていって、いい時代になるといい」
(最後の手段)
いまそれぞれに性愛にかんして考えていることを伺ってきましたが、そのうえで表現をする立場として、あるいは生活者として、どのようなアプローチをしていきたいか、最後に伺えればと思います。
unpis:まだ自分でも悩んでいる途中で、性愛というものに対してどうやって表現したらいいのか定まっていないところもあるんですけど、表現の仕方を「こう」と頭のなかだけで決めきるのではなく、自分のなかにある、それぞれの性のありようが尊重されながら好きに生きていけるように……という気持ちを持ち続けながら描いていたら、今後いい落としどころが見つかるのではないかと思っています。
三好:妊娠したときに、個人じゃなくて「容れ物」みたいな気持ちになって、それがすごく嫌だったんです。出産して周りから「○○ちゃんママ」とばかり呼ばれることにも違和感がありました。それに、出産や子育てって他の人からは「おめでとう」か「大変でしょ」の両極端な2つの言葉ばかり言われることが多くて、けっこうざっくりとらえられている感じがするんです。妊娠出産子育ての過程には、普通に気味が悪かったりちょっと笑ってしまうようなこともたくさんあって、だから、もうちょっと人生の一大事じゃなくて、生活の延長線上にあることとしてとらえてもらえるといいなと思っていて。それをエッセイに書いたりもしているんですけど、限定的にじゃなくて悲喜こもごもをまるっと伝えられたらいいなと思っています。
有坂:最後の手段は最近、愛が一つのテーマだね。そもそも精子って3つの部位にわかれているらしいんですけど(頭部・中部・尾部から成り立っている)、3つのものが一緒になって、わっせわっせと頑張って卵子に向かっていく集団行動ってすでに愛だなと思うんです。
コハタ:宇宙や、ミクロとマクロの世界というのは前々から制作のテーマとしてあったんですけど、原子と原子の間の何もない空間をつなぐものってやっぱり愛なんじゃないかなって思うんですよね。……三好さんはどう思いますか?
三好:えっ、急に(笑)!あ、わたしの名前が愛だけに……?
コハタ:ふふふ。性愛もやっぱり愛の1つの表現だなと思うんです。お釈迦さんの「盲亀浮木」という寓話で、人間に生まれてくることは、大きな海に潜っている目の見えない亀が、100年に1度、空気を吸いに海面に出たときに、海を漂っている流木の穴にはまる確率と同じぐらい珍しいことなんだというのがあって。人間に生まれてくるって、それぐらいスペシャルなことだから、今日こうしてみなさんと出会えたこともそれだけで本当にすごいことだと思うんです。
とんぼみたいに、生き物としての本能的な部分に立ち返るのも大切なことだと思うし、でもやっぱりみんなが良いと思える状態になってほしいので、それぞれの人が今抱えている問題に向き合っていくことも重要。ミクロとマクロを行き来しながら、お互いにちょうどいいところを探っていって、いい時代になるといいなと思います。
福島県いわき市生まれ。
広告、書籍、パッケージ、壁画などのイラストを中心に様々な分野で活動中。
ニュートラルな線とかたち、少しウフフとなる表現を心がけています。
1986年東京都生まれ。 イラストレーター。書籍の装画や挿画を担当するほか、クリープハイプや関取花のツアーグッズなども手がける。著書に、エッセイ集『ざらざらをさわる』(晶文社)、『怪談未満』(柏書房)がある。
最後の手段は、有坂亜由夢、おいたまい、コハタレンの3人からなる、人々の太古の記憶を呼び覚ますためのビデオチームです。
2010年に結成。手描きのアニメーションと人間や大道具小道具を使ったコマ撮りアニメーションなどを融合させ、有機的に動かす映像作品などを作っている。近年は3DCG作品や漫画作品等も手がける。