取材・文:羽佐田瑶子、写真:大森めぐみ、編集:野村由芽(me and you)
詩と言葉のアーティストとして音楽活動を中心に、アートやジェンダーに関する発信などでも注目を集める和田彩花さん。著書『アイドルになってよかったと言いたい』を発表し、アイドル活動の中で感じてきた違和感や葛藤を通じて、社会全体に通底するジェンダーや家族観、労働などさまざまな社会問題に問いを投げかけます。
自分自身の性や生に悩んできたという和田さんが対談したい相手として、ラブコールを送ったのがアーティストの服部峻さんです。服部さんは映画美学校音楽美学講座の第一期生として、15歳で特別入学。現代音楽やアンビエント、ノイズなど様々なジャンルが融合する唯一無二の音楽の他にも、映像、写真など多岐にわたる表現をされています。
セクシュアリティを含む自身のアイデンティティや、社会が抱える歪みに対しても考えを深めてきたお二人。ファッションやアート、パートナーの存在など、多様なトピックスを交えながら、日々を健やかに生きていくことをどう模索してきたのか、お話しました。多様なものの見方や自身の思いを伝えるために、アートという表現の力を借りる。そうした思いは、TXAのクリエイティブにもつながります。
男女どちらかに規定しない、というスタンスに安心感を感じます(和田)
TXAはファッションアイテムをアーティストと共に創作し、アートを通じて性愛を表現しています。アートへの造詣も深いお二人から見て、TXAのアイテムはいかがですか?
服部:パッと見た印象ですけど、色が綺麗ですよね。デザインもカッコいいです。
和田:私は身体のシルエットが出るものが苦手なので、メンズのアイテムを好んで着るんですけど、なかなか好みの服に出会えないんですね。多くのブランドがメンズとレディースで分かれているけれど、TXAさんの場合はユニセックスなのが嬉しかったです。
私と服部さんが仲良くなったのも、お互いに性別やセクシュアリティが決めつけられることに違和感があったからなんです。ライブで初めて共演したときに、服部さんのインスタを見たら、当時はプロフィールに「アセクシュアル」と書いてあって。私も性別に悩んでいた時期だったので、「アセクシュアルなの?」と思わず初対面で聞いたことから打ち解けて、今に至ります。なので、TXAさんのアイテムの、男女どちらかに規定しないというスタンスに安心感を感じました。
左から和田彩花さん、服部峻さん。和田さんが手に持っているのは「田中かえ L/S T-shirt White」、服部さんが持っているのは「田中かえ Jacquard Socks」
以前、TXAは男性の方も着られるワンピースを発表していて、すごく可愛かったです。
和田:すっごくいいですね。
服部:僕も和田さんと同じくあまり体型が見えない、ゆったりとしたサイズ感の服が自分らしいなと思っていて、自然とそういう服を選びがちです。できれば、安心感があるような……布団みたいな服が理想ですね(笑)。

「門倉太久斗/22世紀ジェダイ jersey midi dress green」
和田:包まれたいよね。私は、昔は女の子らしい格好が好きだったんですけど、だんだんと他者に自分の体を見られたくないという思いが強くなっていきました。ゆったりとしたサイズ感の服を着ていると、体だけでなく心にもゆとりができる気がします。
服部:フランスに居たときも、服装は変わらなかったですか?
和田:そう言われるとたしかに、フランスのときは露出していました。それは、周りの服装や視線の違いかもしれなくて、向こうの人たちは健康的に肌を出して夏を楽しもう、みたいな空気感があるんです。その雰囲気に私も憧れて、自然と肌を出して日焼けを楽しんでいました。
でも、日本に帰ってきたら、フランスとは違う性的なまなざしを感じるというか。言葉にするのは難しいんですが、健康的に露出する文化がないですよね。朝の通勤電車に乗ると、みんなが似たような服を着て、緊張状態を保ちながら電車に乗っている。はみ出すことを許さない、目立つことが怖い雰囲気があると思います。
服部:女性は視線にさらされて、常に警戒を強いられている苦しさは自分も感じています。自分は男だから意識的に気をつけていて、たとえばエレベーターで二人っきりにならないようにしたり、エスカレーターですぐ後ろにつかないようにしたりしています。
正直に話すことと無理をしないこと、このバランスが大事だなと思います(服部)
お二人の親しい関係性を会話からも感じるのですが、和田さんが服部さんとお話されたいと思われた理由は?
和田:性に関わってこられたブランドさんでの対談であれば、性の在り方について素直に話せる服部さんと話したいと思ったからです。
服部:ありがとうございます。自分も、和田さんと初めて会ったときから近しいものを感じていました。二人ともジェンダー、というものに葛藤して、ときには地獄を見たと思うので、そういう部分でも通じ合えるところがありますよね。
和田:あと、こちらを「女性」という枠で見ないことにも好感を持っていました。
和田さんは著書『アイドルになってよかったと言いたい』でも触れられていますが、男女でいるだけで性愛的なムードになることに違和感があったんですよね。話せる範囲で大丈夫なのですが、男女という性別で見られることに対する息苦しさとは、どのようなものだったのでしょうか?
和田:私は性別に関係なく、気の合う人とは友だちとして話したいんです。でも、性的な視線を感じたり、会話の流れで得意料理を聞かれたりすることがあり、社会的に強いられてきた女性の役割を背負わされるような息苦しさがありました。
『アイドルになってよかったと言いたい』(著:和田彩花、発行:太田出版)
服部:自分は、もともとジェンダーやセクシュアリティと向き合えなかった時期が長くて、ストレートにもゲイにもなれない感覚がありました。女性に対して性的な感情が湧かなかったので、それならゲイだろう、という単純な理由でアプリを入れて頑張ってみたんですけど……違いました。どのカテゴリーにも当てはまらないことで、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまった時期に、たまたま「アセクシュアル」という言葉を20代後半で知ったんです。
他者に対して性的欲求を抱くことが少ない、またはまったく抱かない方のことを指す言葉です。
服部:「アセクシュアル」の定義を聞いて、自分自身は一体何者なのか、ずっと悩んでいたことが腑に落ちて、生きやすくなった感覚があります。ただ、実は今パートナーがいるのですが、お互いの関係性をカテゴリーにはめることに違和感があります。言葉に救われることもあればそうじゃないこともあるんだな、と実感しています。
和田:そのときどきで、変わることがありますよね。
服部:だから、ジェンダーはグラデーションで考えるべきで、性の在り方は揺らぐものだと伝えたいです。性の多様性を理解するためにもジェンダーの話を積極的にすることが必要なのかな、と自分自身は思っています。
和田:私もアイドルのときは、自分のことをアセクシュアルだと思っていたんですよ。でも、よくよく考えると、自分の性的欲求に向き合った結果の性自認ではなかったんです。アイドルは異性に触れることがタブーなのに、ステージにあがると異性からのまなざしががっつりくるという特殊な環境にいたことで、自分の欲望と向き合っていなかっただけでした。
ただ、自分のセクシュアリティを模索するために、積極的にアプリやパーティーなどに行くことは、自分には合っていないというか、自分らしくない気もしていて。私は相手のジェンダーやセクシュアリティをあまり気にしないので、自分にもそうでありたいし、お互いの属性を問わずそのとき一緒にいて居心地がいい人と時間を共にできたらいいという気持ちは、揺らがずにあります。
服部:自分が今すごく大切にしているテーマが、「安心と安全」なんです。パートナーも安心安全で居心地がいいから全部話せる。それはコミュニティでも、会社でも、すべてにおいて大切だと思うので、創作や生活において「安心と安全」をキーワードにしています。
つねに警戒していると相手のことも緊張させてしまって、関係が長く続かないことが何度かありました。いつの間にか自分が権力側に立っていて、離れてしまった経験も。正直に話すことと無理をしないこと、このバランスが大事だなと思います。そういう試行錯誤を経て、今の自分のほうが幸せだと思えるのはなぜか考えたときに、パッと思いついた言葉です。
自分の心が納得するかどうか、という観点で台湾の婚姻制度を選びました(和田)
和田さんは、台湾で婚姻されたことを発表されました。服部さんの言葉を借りると、自分たちにとって安心安全な関係を選び取るために、台湾の婚姻制度を選択されたと思うのですが、どんな考えがあったのでしょうか。
和田:日本の婚姻制度は同性婚が認められていなくて、すべての人が平等に幸せになる権利が保証されていないという点で、おかしいと思いました。家を買うとき、緊急で入院したとき、社会的な信用のなさはあらゆる場面で圧倒的に不利になります。加えて、苗字についても、大半は女性が変更する慣習があることも納得できない。
便利さよりも自分の心が納得するかどうかで、台湾の婚姻制度を選びました。台湾はアジアではじめて同性婚を認めた国で、夫婦別姓が原則です。実際に台湾に行くと、同性同士で手を繋いでいる様子を街のあちこちで見ます。子連れや車椅子の方にもすごく親切で、エレベーターに優先マークがついていなくても全員が譲るような、あらゆる人が生きやすい社会だと実感しました。ただ、日本で安心安全に暮らすこともこれからは考えたいです。
お二人の話を聞いていて、対話を通じて動きながら安心安全な場所を耕していくことの大事さを感じました。安心安全と聞くと静的な印象も受けますが、動的なものなんですね。
和田:私は動的に安心安全を作ってきたかもしれないです。とくに友だちや仕事関係では、きちんと言葉で伝えなきゃいけない。言われたら嫌なことも、嫌な思いをさせたかもしれないという不安も、全部伝えるようにしています。
服部:自分も伝えることを疎かにしちゃいけないと思っています。まだ模索中ですが、言い方は大事ですよね。ちょっとしたスキルですけど、怒り口調ではなくどうにか上機嫌で、笑いに変えられるくらいの言い方を心がけると良いなと思います。
和田:私がフランスで学んだのは、フランスの文法だと語順的に「◯◯をしたい」が、第一にくるんです。日本だと状況説明や理由があって、最後に「だから、◯◯をしたい」となるけれど、したいことをまず初めに言わなきゃいけない環境に身を置いたことで、自分の欲望をストレートに伝えられるようになった気がします。
たとえば、日本にいると「ハンバーガーが食べたい」と伝えて「そういう気分じゃない」と言われただけでネガティブになるじゃないですか。なので、遠回しに誘導するような言い回しをしたら、パートナーから「自分のしたいことだけをすればいいよ」と言われました。この言葉は、たびたび言われます。ハンバーガーが食べたいなら、自分は食べないけれどあなたは食べたらいいよって。一緒にすることよりも、自分がしたいことをそれぞれ叶えるという文化は居心地が良いなと思いました。
15歳で一人暮らしと創作が始まった。家は自分にとって「シェルター」。(服部)
服部さんは音楽や映像、写真、和田さんは音楽、文筆、作詩など多様な表現方法で活動されています。表現の手段についてご自身の中で考えていることはありますか?
服部:自分の場合は、人間関係や環境が変わるたびに必然的にサバイブしなければならない苦しみがあり、漂流してきた面もあると思います。でも、ひらめきを形にしたい思いも強いので、その2つの側面から創作しているかもしれません。
和田:私はいろいろな表現をしている自覚はなく、自分が言いたいことを言っていたら自然と仕事の幅が広がった感覚があります。伝えたいことは世の中の普通からはみ出てしまうものが多いので、自分の感覚を大切に表現していたら、結果こうなりました。
LOLOET(和田さんが呼びかけて結成したオルタナティヴ・アンビエント・バンド)の活動に関しても、最初はアイドル時代の苦しみを解消するためのものでした。詩を書くのも、すべてのマイナスな感情を殴り書きして、作品に昇華しようとして。今は、音楽表現として挑戦してみたいことがある、という域に入れたので良かったです。
服部:僕は和田さんが所属しているLOLOETのファンで、初めて対バンをしたときにメンバーの関係性がまさに安心と安全で構成されているなと実感しました。メンバーそれぞれ、いろいろな経緯でLOLOETにたどり着いていて、だからこそおもしろい。羨ましい関係性だなと思いました。
音楽的な側面で話すと、LOLOETのミックスがいいんですよね。スローガンのような歌詞の側面もあるけど、聞き流すことも、きちんと内容をとらえることもできる絶妙な塩梅で和田さんの声がミックスされている。とくに『環境音』というアルバムが好きです。
LOLOET“La fête(祝祭)” LIVE Music Video in autumn leaves in Japan
和田:すごくこだわっているところなので、気づいてもらえて嬉しいです。私は仲間とやることが好きなんですが、服部さんは一人で創作されているイメージがあって、そこにはどんな大変さと面白さがあるんだろうっていうのは、聞きたかったです。
服部:僕の場合は、自分の家が「シェルター」なんです。子どもの頃、家族に自分のジェンダーのことを理解してもらえず「ひとりで生きていかなきゃいけない」と思って、15歳で上京し、一人暮らしと同時に創作を始めました。そのときから第二の人生がスタートした感覚があるので、家の生活と創作が結びついていて、家に籠るのが好きなんです。ただ、最近は外に出たい思いも芽生えていて、今年は初めてプロデュースにも挑戦する予定です。
和田:すごい楽しみ! 服部さんは音楽のジャンルも幅広いし、映像もやっていたりして、どうしてそんなにマルチなんですか?
服部:なんでだろう……たしかに、映画も撮っているし、プロデュースもやっているけど、そこにそれぞれ明確な理由があるわけではなくて、単純に作ることが好きなんだと思います。ジェンダーの悩みがあったので、ボーイズグループにもガールズグループにも入れない。子どもの頃から、楽しいことも嫌なことも、すべて創作に変えられることが自分にとって救いだったので、逆に言うとこれしかないのかもしれないです。
ご自身が手がけたもので、表現における転換点となった作品はありますか?
服部:昔は電子音ばかりやっていたんですが、音階がある曲を作りたいと思って10代の後半に発表したのが『Lost Gray』という曲でした。世の中は白黒はっきりつけたがるけれど、自分の中にはグレーな部分があることを当時感じていたんです。その思いは、今でも通底している気がします。
10代の頃は、生活がとても大変で。目の前のことに忙殺されて、創作をしたいけれどできない、という葛藤の時間が長くありました。その分、作りたい気持ちが強くなったし、一人でも自分の機嫌をとれる方法をいっぱい知っているのかもしれないです。
服部峻“Lost Gray”MV
自分の居場所を育て、マイペースに創作を続けていく
和田:素敵。そこまでできちゃうと、パートナーがいなくても生きていけるだろうし、私もわりとそういうタイプだから気持ちがわかるけれど、それでもあえて人と一緒にいるのはどうしてですか?
服部:やっぱり、その人自身に惹かれたからかな。上下関係、権力勾配みたいなものがまったくない人と出会えたら、それは人生において貴重で最も価値がある気がしたので、絶対に大切にしたいと思ったんです。
和田:一人でいるときは創作をするけれど、誰かと一緒にいるときはどう過ごしてますか?
服部:パートナーと一緒にいるときは、パートナーが好きな、わけのわからないゲームばっかりしてます(笑)。それでも、一緒にやっている時間がすごく幸せで、自分の知らない世界が広がる感じがします。一人で生きてきた時間が長いから、そういう側面が自分にあることを知れるのはちょっと楽しくて、いい経験をさせてもらっています。
和田:なんでもない時間を楽しむのも人生において大切だっていうことを、私も最近感じるようになりました。
これまでは、どんな趣味も経験も有効活用して、全部仕事に繋げなきゃいけないって思っていました。それは、仕事の技として、ステージ以外の時間をどう有効活用するか考えていたから。でも、パートナーから「もう休もう。何もしなくてもいいんだよ」と言われて、1日中ベッドに居る自分も許せるようになったし、休むことができるようになりました。
生産性という言葉があるように、時間を有効活用することは日本の労働社会において称賛される文化の一つで、でもそこから生まれる苦しみがありますよね。
服部:日本の働き方の余裕のなさと、時間を有効活用しなくてはという意識はつながりますよね。とくに日本の男性の場合、フルタイムで働いて稼ぎ頭にならなきゃいけないという時代が長かったこともあり、好きなものにかける時間がないし、そもそも「好き」を育てられないんじゃないかと思います。そうすると、お金で物を言わすような、良くない社会構造が残ってしまう。もっと、好きなものに時間を費やすことができる働き方が増えていくと、世の中がちょっとずつ変わっていくのかなと思います。
好きを育てていくという観点で、お二人は10代から表現活動をされる中で、大人からたくさんの視線を向けられたと思います。他者の視線によって、好きが捻じ曲げられそうなことはなかったですか?
服部:僕は、家を出れば解放されると思っていたけれど、生活が思ったよりも大変で、大人からの意見やプレッシャーを受け取るところまでいけなかったんです。ただ、今思うのは、創作するうえで自分が納得しているかどうかというのは、すごく大事だと思っています。できるだけ長生きして、ペースを落としても、ずっと創作し続けたいので、宮崎駿さんのように生涯現役をマイペースでやっていけたらと思います。
和田:私は芸術との出会いがあったから、大人から捻じ曲げられそうになってもそれをうまく跳ね飛ばして、自分のことを信じられました。ダムタイプの『S/N』という作品がすごく好きで、大学生の頃に見て自分のやりたいことはここにあるかもしれない、と思いました。こういう作品を作っている人達もいるから、自分の居場所は絶対作れると思えたんです。いろんな芸術に励まされながら、私も創作を長く続けたいです。
和田彩花
1994年8月1日生まれ、群馬県出身。詩と言葉のアーティスト。
2019年ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。現在、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「LOLOET」で活動。作詞、歌、朗読等を担当する。実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会についての執筆やメディア出演も行う。
服部峻
東京在住の作曲家・映像も手がける。今までにアルバム3作『UNBORN』(2013)、『MOON』(2015)、『NOISE』(2021)を発表し、微分音を取り入れたハード・コンポーズかつアヴァンギャルドな作風が業界から注目を浴びる。
202s年にネットレーベル DEATHLOVE を立ち上げ、コンピレーションアルバム『写真音楽』をリリースした。現在、自身初監督の映画『KABUKICHO』を制作中。