2023年11月、TXAがこれまでコラボレーションした総勢19人のアーティストの作品を集めたポストカードセットTXA Graphic & Illustration Card Pack「Affection」を発売。これを記念して、TXAコラボ作家であるイラストレーター・アーティストの前田豆コさんとmillitsukaさんのトークイベントが東京・下北沢の本屋B&Bで開催されました。司会を務めたのはme and youの野村由芽さんです。
個性的な作風をもつお二人が、「性愛」というテーマをどう捉え、描いたのか? 会社員を経てイラストレーター・アーティストとなった二人に、自分のスタイルが見つかるまでの話や、働くこと・生きることについての話も交えながら伺いました。最後には、お二人が「多様な性愛のかたち」をテーマに選書した本の紹介も。
自分の時間を何に使いたいかを考え、会社員からイラストレーター・アーティストへ
現在、フリーランスのイラストレーター、アーティストとして活動するお二人ですが、もともとは企業勤めの会社員だったといいます。それぞれどのように今の生活へと行き着いたのでしょうか。
millitsuka:大学を卒業して、すぐにイラストレーターになりたいという思いはあったのですが、ご飯のこと、生活のことを考えると、やっぱりめちゃくちゃ怖くて。一旦お金を稼ごうと就職しました。ただ、仕事中もずっと絵のことが頭から離れなくて……ちゃんと集中しろよという感じなんですけど(笑)。それで帰宅してから寝るまでの時間を使って絵を描くようになったんです。その頃は、1日1枚描いて寝るというのが習慣になっていました。
野村:1日1枚描くって結構大変なことですよね?
millitsuka:そうですね。ただ、帰ってから寝るまでの、その限られた時間の中でどう描くかと考えたことで、アナログだけじゃなく、デジタルの手法を使うようになったんです。だから今考えれば悪いことじゃなかった。
それに、当時は描かないと眠れなかったんです。ちゃんと毎日出勤して、やるべきことはやっていても、自分のことは何もできていないような気がしてしまって……。その不安や焦りを落ち着かせるために絵を描いていました。
豆コ:私はデザインの勉強をしていたので、学生時代は主に広告での使用をイメージした図案やグラフィックの作品などを作っていました。美大に通っていたのですが、すでに自分のスタイルが確立されていたり、賞を取っていたり、その頃からスターみたいな子がいるんですよね。私はそうじゃなかった。
でも、自分には一つのことだけじゃなく、いろんなことができるんだと考えるようにして、就職したのがミューラル(ウォールアート)をディレクションする会社でした。そこではいろんなアーティストの作品に触れることができて、今思えば多種多様な絵のスタイルやアーティストの考え方を吸収する場でもあったなと思います。
野村:豆コさんも、会社で働きながら作品をつくっていたのでしょうか?
豆コ:コラージュをしてみたり、絵の具で遊んでみたり、とりあえず手を動かしてはいましたね。そこから徐々に自分の描きたいものが見えてきて、「もっと絵を描く時間が欲しい」と思い始めたんです。
millitsuka:私も同じです。最初は働きながら描けると思っていたけれど、頭の中の比率がどんどん絵のことで占められていって、結局辞めざるを得なくなったという感じなんですよね。
野村:自分の時間を何に使いたいかと考えるのは、自分が本当にやりたいこと、自分の心の形に気づく一つのきっかけにもなるんですね。
「記号的な男女っていうものから解き放たれたい、そういう場所にいたいという思いが、絵の中に反映されていると思います」
(前田豆コ)
それぞれに独自の作風を持つお二人。ふくよかな体型の独創的なキャラクターを描く前田豆コさんは、そのスタイルを見出すまでに試行錯誤の時間があったようです。
野村:お二人の作風についても聞いていきたいのですが、豆コさんは最初から今のようなイラストを描いていたわけではなかったそうですね。
豆コ:私は、自分のスタイルがないことがずっとコンプレックスでした。試行錯誤しながらも絵を描き続けているうちに、少しずつお仕事をいただけるようになって、でも、本当にそれが自分の描きたい絵なのか、答えは出せずにいました。そんな中、大きいキャンバスに絵を描く機会をいただいたんです。それまでの作風では大きなキャンバスに描く絵がまったく思い浮かばず悩んでいました。それで「一回これまでやってきたことを全部忘れてもいいから好きに描いてみよう」と手を動かしてみた。そこで出てきたのが、あの「ムチムチのキャラクター」でした。やっと今まで自分がやってきたことがつながった!という気がしましたね。
野村:一回手放すことが重要だったんですね。豆コさんの描くキャラクターは、独自のタッチで描かれたフォルムが魅力的ですが、どんなふうに生まれたのでしょうか?
豆コ:人が身体を伸ばしたり縮めたりしたときにできる、張りとか、シワにすごく惹かれるんですよね。きれいだなって。そういう視点が生まれたのは、2、3歳の頃から習っていたダンスの影響があると思います。将来は舞台に立つという夢も持っていたのですが、高校3年生のときに、もう一つ好きだった絵を描く道、美大に進むことを選んだんです。でもやっぱり、心の奥にはダンスがずっとあって。
だから今は、絵の中で舞台に立つ夢を叶えているみたいな感覚があるんです。絵の中なら、現実よりももっと自由に踊れるし、遊べるっていうことにも気づいてしまって。
野村:めちゃくちゃ素敵ですね。あのキャラクターが生まれてから、豆コさんの中で何か変化はありましたか?
豆コ:より自分がわかってきたという感覚がありますね。私の描くキャラクターは性別がはっきりしていないんですけど、それは自分にとってその方が居心地がいいからなんですね。私は10代のとき、自分の性別を社会のイメージに合わせていた時期があって、それがすごく苦しかった。だから、記号的な男女っていうものから解き放たれたい、そういう場所にいたいという思いが、絵の中に反映されていると思います。そう思うと結局、自分が絵を通じて見つけることのできたスタイルには、人生そのものが反映されているんですよね。
millitsuka:目に見える部分は最後の終着地点かもしれないけど、そこに至るまでの情報も描いたものには入っている。そう思うと、豆コさんのイラストがすごく分厚く見えてきますね。踊っている2歳の豆コさんがそこにいるんだなって。
「会社にいるときとは違う私の世界があって、職場の人や世の中に対して『もう一人、別の私がいるのですよ』と伝えたい想いもあった」
(millitsuka)
会社員の頃から1日1枚描いて寝る習慣があったというmillitsukaさんは、絵にどのような思いを込めているのでしょうか。
豆コ:millitsukaさんは、ずいぶん早くに自分のスタイルを見つけて、それをどんどん洗練させていっているようなイメージがあるのですが、どうやって自分のスタイルを見つけたんですか?
millitsuka:今のようなスタイルが形になってきたのは、「寝る前に1枚」のルーティンができて、デジタルを使うようになってからだと思います。会社で働きながら絵を描く環境が、逆に良かったのかもしれません。というのも、自分のために描くことができたから。
日中、心ここに在らずで仕事をして、疲れたり落ち込んだりしている自分の気持ちが絵に投影されていて、自分を慰めるように絵を描いている中であの作風ができてきたんです。そこには、会社にいるときとは違う私の世界があって、職場の人や世の中に対して「もう一人、別の私がいるのですよ」と伝えたい想いもあったのかもしれないです。
野村:先ほどの豆コさんの話を受けて、millitsukaさんの描く世界にも、どんな想いや人生が注ぎ込まれているのか、気になります。
millitsuka:私は朝だか夜だかわからない、そういう曖昧な、言葉で指定できない時間や状態にすごく憧れがあって。いつだったか、そんな朝でも夜でもない時間に、友達と誰もいない商店街を自転車で走ったことがありました。それが自由で、何にも縛られていなくて、本当に夢みたいな時間だったんですよね。
わかりやすく名付けられるような時間や出来事もあるけれど、私はそういう時間ではない、きっと忘れてしまうような、なんでもない瞬間のことを残したいんだと思います。自分が思い出せるように描いているっていうのもあるんでしょうね。
「性愛」はすごく曖昧で、一人ひとり異なる。絵にすることで見えてくるものとは?
TXAとのコラボレーション企画では、前田豆コさん・millitsukaさんに「性愛」をテーマに作品を制作していただきました。これまで性愛について考えたこともなかったというお二人。どのようにイメージを膨らませ、描いていったのでしょうか。
野村:TXAの参加アーティストの作品を見ると、同じ性愛というテーマから生まれた作品なのに、どれもまったく違いますよね。まさに人によって形の違うものなのだと実感したのですが、お二人はこのテーマをどんなふうに解釈されたのでしょうか?
豆コ:性愛ってすごく曖昧なもので、一人ひとり頭の中にある答えも違うと思うから、いろんなアーティストの作品を通じてその捉え方を見ることができるのも楽しかったですね。
私は今回お話をいただくまで、性愛について考えたこともなかったんです。この企画に参加しなかったら一生考えなかったかもしれない。だからその言葉をじっくり観察して紐解いてっていう作業はすごく面白かったですし、自分にとってすごくいい刺激になりました。
millitsuka:私も同じですね。今回の機会がなければ、性愛に対して、何か言葉にできない感情が、感情のまま存在し続けていたんだろうなって。それを改めて絵で表現することができて自分で自分を整理できたみたいなところもありました。そして、いろんな作品があって、安心しました。私もこれでよかったんだって。
「『性』と『愛』。一緒に歩くこともあれば、逆に喧嘩してしまうような場面もあるんじゃないか」
(前田豆コ)
ここからは、二人が「性愛」をテーマに描いた作品についてお話していただきました。「好きなものをたくさん詰め込んだ」という豆コさんの作品。「性」と「愛」を独自に追求し表現した世界について、自ら考察してくれました。
豆コ:「性愛」って、「性」と「愛」がくっついた言葉だけど、一緒に歩くこともあれば、逆に喧嘩してしまうような場面もある気がして。例えば、愛は個人の感情と結びつきが強いものだけれど、性はもっと社会性が強いと感じます。それによって見えなくされてしまったり、ないものにされてしまったりする愛もあるかもしれない。そんな、実は相反するものが混ざり合ったり離れたりしているという性愛のイメージを、「陰陽図」で表現してみました。
野村:背中のモチーフもすごく印象的でした。
豆コ:これは、足の後ろに体を丸め込んじゃうぐらい、自分の視線を隠しているみたいなイメージが自分の中にあって。そのぐらい目を背けたくなる感情ってあったりするじゃないですか。それが性愛に対する想いにも通ずるなと思って。
millitsuka:かわいいんだけど、すべてのモチーフに意味が込められているのが、重みがあってすごくいいですよね。着るときの気持ちが少しだけ変わりそうな気がする。
豆コ:ただ、これは私にとっての意味であるだけなので、見る人に自由に受け取ってもらうのが一番いいなと思っています。
「自分への反省も込めて、愛の距離感を調整したいときに思い出せるような絵にしたかった」
(millitsuka)
millitsukaさんの描く世界は、「当たり前」のフィルターを少し外してくれるような、見る側への問いかけが詰まっているようにも感じます。
millitsuka:「性愛」っていうと、常にそばにいないといけない、全部理解しなきゃいけない、みたいなイメージを持っていたんです。実際、好きな人や大切な人に対して、私はすごく前のめりになってしまって、その勝手なプレッシャーから疲れてしまうことが多かったんですね。でも愛って、相手を思うことだけじゃなく、自分を想う時間もすごく大切で、だから、一旦離れて一人で眠る夜があってもいいんじゃないかという想いを込めて、いろんな形のベッドを描きました。
豆コ:離れることも愛って、なんかわかります。
millitsuka:「わかり合いたい」と思うと、どうしても必要以上にコミュニケーションを取ろうとしてしまったり、気持ちを聞きたがったりしてしまう。でも、違う人間同士がわかり合うなんて、はなから無理なことなんだから、急がない方がいいと思うんですよね。適度な距離があった方が、健康的な関係が築けるのでは?そんな自分への反省も込めて、愛の距離感を調整したいときに思い出せるような絵にしたかった。
野村:millitsukaさんのもう一つの作品についても聞きたいです。
millitsuka:考え方が同じだと思っていた人間同士で話していても、完全に理解することはできない。私は他人をモンスターか何かだと思っているんですけど、きっと私もそう思われているだろうし、むしろそう思われていたいなって。愛って、自分とは別の生き物と支え合うことなんじゃないかと思うんです。こういうモンスター的なものを描いていると、どんどん楽になれるんですよね。「みんなもわたしもこれでいいんだ」って。
自分の絵を通して人と出会ったり、話したり、インプットしたりすることが喜び/死んだ後にいろんな人に絵を覚えていてほしい
「描くことで楽になれる」という言葉もありましたが、イラストレーター・アーティストとして活動していく中で、健やかな状態で描いていくための方法についても聞いていきました。
millitsuka:私は絵を描くことによって、感情をコントロールしたり、今の自分の具合を知ったりするようなことが昔からあるような気がしています。例えば「顔のない人」を描くようになったのも、日中仕事で揺さぶられた心を落ち着かせるためで、できるだけ情報を少なくしようとしていく中でできていった作風です。他人に絵を見せることによって気づくことも多いので、それを聞くために個展をやっているようなところもあります。
野村:例えば、個展でどんなことに気づくのでしょうか?
millitsuka:使う色が明るくなったとか、モチーフが変わったとか、言われて初めて気づくこともあるので、そこで自分の変化を感じたりしますね。
それから、個展を行うということは心の豊かさに繋がるのですが、一方で出ていくお金も多いので、実は大変なことも多いんです。普段、私は人に頼ることがものすごく苦手なんですが、そのときばかりは人に頼らざるを得なくなったりもして、「こんな自分もいるんだなぁ」とポジティブな意味で諦めを感じることがあります。でも、そうやってわかることが増えていくと、人生の経験値が上がっているような気がするんですよね。
豆コ: 個展の苦労、すごくわかります。自分にあえて負荷をかけることで初めてわかることって、ありますよね。私の場合は、描いている最中に自分について知ることも多いような気がします。というのも、iPadで下絵を作成した後は、キャンバスに淡々と色を重ねていく作業が続くんですが、それが瞑想の時間みたいで、自分の人生を振り返ったり、なぜ今ここでこの絵を描いているのかと考えたりしてしまうんです(笑)。
millitsuka:めちゃくちゃわかります。ラフを描くまでは頭を使う作業で、そこから描き始めると手の作業になりますね。そうすると頭が暇になるから、いろいろと思いつめてしまう。逆に頭を空っぽにするためにしているのが、散歩です。駅と駅の間を歩きながら他人の生活を眺めている時間が、自分にとってはすごくケアになるんですよね。
最後に、今後お二人はどのように描きながら生きていきたいのか、想いを語っていただきました。
豆コ:先日、和歌山県の白浜でいろんなアーティストが壁画を描くプロジェクトに参加したのですが、本当に楽しかったんです。私が描いていた建物に住むおばあちゃんと仲良くなったり、街の人が毎日見にきてくれたり、宿では先輩アーティストと絵について語り合ったり……。それで改めて、私は自分の絵を通して人と出会ったり、話したり、インプットしたりすることが喜びなんだと感じました。そのために今後も、いろんな場所で、形にとらわれることなく絵を描いていきたいなと思っています。
millitsuka:私は、私が死んだ後にいろんな人に絵を覚えていてほしいというのが、一番の想いとしてあって。私がいなくなっても絵は残る。それを心の糧にいつ死んでも悔いのないようにたくさん絵を描いています。とはいえ、やっぱり死にたくない(笑)。だから最近は精神と体の健康を整えながらイラストを描くことが、大切なテーマになっています。
「多様な愛のかたち」をテーマに前田豆コさんとmillitsukaさんが選んだ本
トークイベントの会場となった本屋B&Bでは、me and youとのコラボ選書フェアを開催。TXAのコラボアーティストが「多様な性愛のかたち」をテーマに本をセレクトしました。お二人はどんな本を選んだのでしょうか?
millitsuka:こちらは私が装丁画を担当させていただいた本で、ライターの横川良明さんがウェブマガジンの「mi-mollet」で書かれていたWEB連載をベースにしたエッセイです。連載のイラストも私が描かせてもらっているのですが、毎回本当に楽しみなんです。
この帯の言葉、「『自分を愛そう』キャンペーン、もうよくない?」に、マジでそう!と思うんです。セルフラブという言葉もすごく言われるようになって、もちろんすごく大事なことだと思う一方、いつの間にか、「そうしなきゃいけないもの」になってしまっているような気がしていて。それを、自分を愛してもいいし愛さなくてもいいんだよって、思い直させてくれる本なんじゃないかなと思います。装丁のイラストは、「みんな好きに生きてくれ」っていう願いを込めて、各々の部屋を描きました。
豆コ:最初この本を手に取ったきっかけは、装丁の色の配色に惹かれて。やっぱり本屋に行くと、まず表紙の絵を見てしまうんですよね。それでパラパラとめくってみたら、すごく面白そうだなと思って。幼少期から妊娠・出産、更年期に至るまでについて語られているのですが、私自身、学校で性教育は受けたものの、本当に形式だけみたいな感じだったんです。生理のことも、身近な人が経験として話してくれたことはなかったし、自分がなってみるまでは本当に怖かった。この本は友達のように語りかけてくれて、そうした不安を取り除いてくれるんです。10代で出会っていたら、もっと安心できただろうな。今はこの本があるから、この先の自分の体の変化に対して準備ができそうな気がします。
millitsuka:私は胸を張って、これは「愛」の本だといいます。人間と魔物同士の信念と、それを尊重する気持ちが描かれていて、読んでいるとハートが熱くなってくるんです。私は普段、冷静になろうとしすぎて、心が冷え冷えになっていることがあるので、『ガッシュ!!』で温めるみたいなことをしています。
1993年生まれ。2020年からイラストレーター・アーティストとして活動。幼少の頃から習っていたダンスの影響で身体を使った表現に関心を持ち、身体の伸縮によって生まれるハリやシワの美しさに着目したふくよかな体型の人物を描いている。その作風が海外からも注目され、韓国でのアートフェア出展が決定するなど、その活躍を世界へと広げている。
1991年生まれ。武蔵美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。デジタル、アナログ両方の手法で鮮やかなグラデーションを特徴としたイラストを制作。広告や装画のイラストレーションのほか、個展などの個人制作も行う。第206回ザ・チョイス入選、第14回グラフィック 1_WALLファイナリスト、HB FILEコンペvol.31 仲條正義賞。